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ちょっと本を作っています

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第十章 隠れビーチで日向ぼっこ

第十章 隠れビーチで日向ぼっこ




清ちゃんのプライベートビーチ

「海へ行きたいんだよな」と、清ちゃんがポツリとつぶやいた。

そういえば清ちゃん、ここへ来てから、スーパーへ買い物に行くときくらいしか出掛けない。

クルマを持っていないせいもあるが、出かけることが億劫なんだそうだ。


1日中テレビを見ているか、私が清ちゃんのために買ってきたパソコンの将棋ゲームを、

「ウーン」と唸ったり、「おい、待てよ。それはないよ」

などと独り言をいいながらやっているかのどちらかだ。

それと、みんなのための食事を作ることが、唯一の日課みたいなもんだ。

「いいじゃない。行こうよ、海。俺はいつでもいいよ」

「海水浴場じゃないけど、外房にいいところがあるんだ。俺のプライベートビーチ」

「明日でもいいよ」


翌日早朝、土間の片隅に無造作に積まれていたゴザを2枚、クルマに積み込んで出かけた。

チビクロが不思議そうに2人を見ていたが、もちろん今日だけは無視。お前は留守番だ。

金の無い2人、途中でマクドナルドのハンバーガーを買い込んだ。

後はペットボトルの生茶をコンビニで買って、海岸をトロトロと走り続ける。

「知り合いの親父さんが、こっちで民宿をやっていたんだ。その時に教えてもらった場所なんだ」

「いいところだから、昔は女を連れてよく来たな。息子が小さいときには、息子と来たこともあるんだ」

えっ、息子がいるなんて知らなかった。でもいても可笑しくはない。


「たぶんこの先を曲がればいいはずなんだけど、やっぱり昔とはちょっと変わったな」

「あれ、おかしいな。この辺りに道があったはずなんだけど……」

「大丈夫だよ。ちょっと遠回りだけど、大丈夫だよ」

別に、私が気にするわけもないのに、1人でぶつぶつ言いわけをしながら、クルマを運転している。

でもどうみても、海へ向かっているように思えない。

クルマは左右に木々の生い茂る間道を走っている。


「ここだよ。ここ」

急にクルマが止まった。でも、海はどこにも見えない。

「えっ、ここでいいの。海なんてないよ」

「だからいいんだよ。さあ、行くよ」

すでに海水パンツは履いてきたので、ズボンとシャツを脱ぎ捨てる。

よれよれのゴザを小脇に抱えこんだ。

マックのハンバーガーとペットボトルのお茶を入れたビニール袋をぶら下げて、清ちゃんの後を追う。


暗い小道を入って行くと、目の前に頭がつかえそうな小さなトンネルが口を開けていた。

入り口に、今にも朽ち果てそうな『落石・危険 漁協関係者以外立入り禁止』の看板が架けてある。

すれ違うことも出来ないような小さな、そして薄暗いトンネルを進んでいく。

と、目の前に海が、それも超特別製の海が現れた。



突然、南海のビーチが現れた

「すげーな。ほんとすげーよ。いいよ、ここ。最高だよ」

「だから言ったろ。いいとこだって」

「信じられないな。千葉にこんなとこがあるなんて……」

「地元の人と、一部のサーファーや釣り人しか知らないよ。だからいいんじゃないか」

その海は、入り江になっていて、入り口は今くぐり抜けて来たトンネルしかないようだ。

切り立った崖に囲まれて、白い砂浜と波を被って黒光りする岩場が絶妙のコントラストを描いている。

そこそこ広い入り江だが、波と戯れている人影は、数人しかいない。

「さあ、行くよ」

清ちゃんは、膝まで海に浸かって、岩場を迂回し始めた。

そこにも白い砂浜。人っ子一人、誰もいない。


さっそく清ちゃん、日焼け止めのコパトーンを体中に塗りたくって、ゴザの上で昼寝を始めてしまった。

私は、しばらく波と戯れてはいたのだが、他にはやることもないので、お昼寝タイム。

確かにここは最高のスポットだ。

漁協関係者以外立入り禁止の場所なので、ちょっぴり後ろめたい。

でも、アワビやサザエを捕るわけでもないので、許してもらおう。

日焼けで体が火照り始めると海に浸かり、そしてまた昼寝を繰り返した。



ビキニに釣られて『御宿』へ

「ビキニの女の子がいないのが唯一の欠点だよね」

ようやくお目覚めの清ちゃんが、タバコをくゆらせながらポツリとつぶやいた。

「ここから御宿は近いんだよ」

「行ってみるか。海へ来てカワイ子ちゃんに会えないんじゃ、物足りないよ」


そろそろ飽きてきた時だったので、もちろん大賛成。ゴザを丸めて撤退を始めた。ところがである。

来るときには小気味よく、ザブザブと膝の辺りまで海水に洗われながら渡ってきた岩場がない。

満潮で胸の辺りまでの深さになっている。波も荒くなって、ときどき頭まで波が被る。

必死で崖のような岩場に張り付きながら、トンネルのあるほうの砂浜を目指した。

目の前に見えているのに波に推し戻されてなかなかたどり着けない。

アレっと思った瞬間、片足のビーチサンダルが脱げてしまった。

脱げたビーチサンダルを探す余裕なんてもうとうない。

悪戦苦闘して、ようやくトンネルの下にたどりついた。

手には海水でグッショリ濡れて重くなったゴザが握られていた。

「そんなの、捨ててくればいいんだよ」

と清ちゃんに言われたが、そうなのだ、半ば両手が塞がっていたから、大変だったんだ。

もともと、腐りかけたゴザだ。何でこんなの、必死で持ってきたのだろう。

おかげで、片足は裸足のまま。

ゴツゴツする岩場をそろりそろりと登って、ジメジメする暗いトンネルを抜け、ようやくクルマへたどり着いた。


御宿は海水浴客で賑わっていた。でも、ほとんど小さい子供を連れた家族連れ。

ビキニの小学生はいたけれどね。

南の島のリゾートで、ビキニ姿でくつろぐような美人さんになるには10年はタイムスリップしないとね……。

でも今のままのほうが可愛いかも……。

ここは遠浅で、波も静かだから、子ども連れが多いのだろう。

そんなことより、片足が裸足のままなので、焼けた砂浜が熱くて、痛い。

売店で一番安いビーチサンダルを買ったが、もうこれ以上ここに居る気もしない。

陽も傾き始めている。

「帰ろうか?」

清ちゃんも、目的のビキニ美人が居なければ、長居無用と帰り支度を始めた。

帰りにもう一度、隠れビーチの近くを走ったけれど、どこからも見えなかった。

あのトンネルだけがネバーランドへの入り口なのだ。

今でも、仕事に疲れて気分転換が必要になった時には、この隠れビーチへ行く。

ひとりタバコをくゆらせながら、海を見つめている。



小母さん。小母さんがみんなを幸せにしてるんだよ

コンタの小父さんが死んで半年以上たった。

小母さん、どうしているのかなと、隠れビーチへ寄ったついでに訪ねてみた。

先客がいた。若い娘さんと生まれたばかりの赤ん坊。

可愛いい。そうだよな、俺んちの息子たちも、生まれたときは可愛かったんだ。

顔を近づけると乳の匂いがする。

「孫だよ。この赤ん坊はひ孫だよ」

そうか。小母さんには、ひ孫までいるんだ。

いいね。何んとはなしに、うれしくなる。

「小母さん。いいね。みんな来てくれるんだ」

「そうだよ。ほんと、幸せだよ」

やがて、コンタの小母さんの孫とひ孫は、「じゃあね。またくるよ」と帰ってしまった。

コンタの小母さんの口癖は、

「私は幸せだよね。みんなが訪ねて来てくれるし」

「私ほど幸せな人は居ないと、みんなに言われるんだ」

でも違うよ。みんな、小母さんから、幸せを分けてもらっているんだ。

小父さんの病気の看病だって、畑仕事だって……。

小母さん、凄いよ。よく頑張っている。

今まで、いろんな苦労を一人で背負い込んで、頑張って来たに違いない。

山里で、多分、人の10倍くらいの苦労をしてきたことは間違いない。

それなのに訪ねてくる人がいると、

「私は幸せだよ。こうして、みんな来てくれるからね」

と、自分のことはそっちのけで、訪ねてきた人の世話をする。

「千葉工業高校の山岳部のOBの人たちがね、みーんなで来るんだって」

「ウチの人が亡くなったので、私を励ます会をやってくれるんだって」

「ほんと、嬉しいね。みんな、覚えてくれているんだ」

「幸せだよ。私ほど、幸せな人間はいないね」

小母さんの話を聞いているだけで、こちらもうれしくなる。


後日、もう一度コンタの小母さんの家を訪ねたら、

「千葉工業高校の先生と山岳部のOBの人が20人くらい泊まっていったよ」

「今朝、帰ったよ」

「みんなが来てくれるまで、ホント毎日、待ち遠しかったんだよ」

「あの辛い、朝鮮のお鍋、なんていったっけ。そうそうキムチの入ったの……」

「私の口にはちょっと合わないけど。みんな一緒だから、楽しかったよ」

「でも、それも終わったから」

小母さん、ちょっぴり寂しそうだった。


第十一章 チビクロ、何処へ行こうかにつづく


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